ビジネス WinDbg入門 Windowsカーネル分析ノート


すべてを学ぼうとしないこと

 本連載では、Bjarne Stroustrup氏の次のPDF論文の一部を詳しく紹介します。

C++の学び方

 この論文は、1999年5月に一般公開され、Bjarne Stroustrup氏の3大論文の1つといわれています。本連載では論文のすべてではなく、"C++学習論"ともいえる、後半の2ページのみを吟味します。論文全体の分量は11ページ程度の小さなものですから、お時間のあるときにプリンタから印刷しておくとよいと思います。

 論文の9ページを開くと、「4 Learning C++」という見出しが見つかるはずです。本連載では、この第4節内容を段落単位で詳しく検討していきます。本日は、"Even for ..."で始まる第1段落の内容を味わいます。

 段落の第1行目では、"現役の優れた開発者ではあっても、プログラミング言語のすべてを理解した上で、その言語機能を使用することはできない"と述べています。これは、プログラミング言語C++が「巨大かつ複雑な」言語であることを暗示させる表現です。Stroustrup氏は、小さなプログラムをたくさん作り、知識を少しずつ増やしていくことを主張します。当たり前と言ってしまえばそれまでなのですが、この主張には、次の疑問への回答が用意されていません。

 C++のどのような機能をまず学ぶべきか

 この疑問への回答を今すぐにでも得たい人は、第2段落以降に目を通してみるとよいでしょう。語学的にはこれといって難しいところはありません。

 本論文は、C++が標準化された1998年の翌年、1999年に公開されています。論文の1ページ目の「1 Introduction」には、「The C++ community has yet to internalize the facilities offered by Standard C++ so that major improvements relative to the ideal can be obtained from reconsidering our style of C++ use.」という一文が含まれています。この文を要約すれば、次のようになるでしょう。

・多くのC++プログラマは標準C++提供機能を自分のものにしていない。
・標準C++で採用された新しい考え方を習得するには、発想の転換が必要である

 筆者は、"自分のものにする"、あるいは、"発想の転換"というかなり意味深な表現をこの要約の中で使用しています。それぞれの表現の意味は、次回以降の連載回で次第に明らかなります。
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本日は2008-11-22です。